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旧鳩ケ谷市域o散歩

レトロな気分で新発見 旧宿場町を巡り ぶらりO散歩

~郷愁あふれる宿場町の歴史に触れる~

■レトロな雰囲気漂う、旧宿場町と川辺を縦断
平成23年(2011年)10月、川口市に仲間入りした鳩ヶ谷地区は、古くから日光御成道の宿場町として賑わってきました。鳩ヶ谷コースでは、日光御成道を南下しながら地蔵院や鳩ヶ谷氷川神社といった歴史ある神社・寺院に足を運ぶルートと、鳩ヶ谷を斜めに横切る芝川沿いを散策するルートの2つを紹介しています。歴史と文化に注目されがちな地域ですが、最新のごみ処理施設と啓発施設・温浴施設で構成されたリサイクルプラザや全国一の規模を誇る有名どころ・川口オートレースも見逃せません。
■江戸の足跡~日光御成道と鳩ヶ谷宿~
(日光社参の街道へ)
日光御成道は、徳川将軍家が日光社参するために整備された街道です。本郷追分から岩淵、川口、鳩ヶ谷、大門、岩槻を通り、幸手追分で日光街道に合流するまでの12里30町(約48km) を指しています。日光社参とは、初代将軍・徳川家康の命日(旧暦4月17日)に日光東照宮で行われる大祭に参詣することです。日光社参は2代将軍・秀忠が元和3年(1617年)に初めて行い、天保14年(1843年)に12代将軍・家慶で終わるまでの間、17回にわたって行われました。とくに3代将軍・家光は9回も日光社参を行ったと記されています。
日光社参のルートは日光御成道だけではありませんが、寛永17年(1640年)には日光御成道が「日光社参にふさわしい縁起のよい道」 として整備されたとあります。なお「縁起のよい道」の謂れは、慶長5年(1600年)7月、家康が会津の上杉景勝討伐に赴いた際に鳩ヶ谷に泊まり、その先の小山で石田三成の挙兵を知り、後の関ヶ原での勝利から徳川幕府樹立へと繋がった、というものです。
(今も残る宿場町の面影)
日光御成道において江戸から3番目の宿場である鳩ヶ谷宿は、北から3つの町(上・中・下)に分かれ、その町並みは4町20間(約470 メートル)にわたりました。鳩ヶ谷宿には中町の本陣を中心に多くの商家が軒を連ねており、商業・文化の中心地として栄えました。寛政11年(1799年)の記録では186軒・741人が暮らし、30軒の商家、19軒の穀物商、11軒の藁灰商があったとあります。また江戸時代中頃より毎月3と8のつく日に行われた「三八市(さんぱちいち)」では出店が立ち並び、多くの人で賑わいました。「三八市」の祭神・市神(いちがみ)を祀る市神社は、今も鳩ヶ谷の町に佇んでいます。また、寛政12年(1800年)より作成された「日光御成道分間延絵図(ぶんげんのべえず)」には市神社をはじめ、地蔵院や氷川神社、法性寺、常住寺などが描かれており、これらの寺社からも当時が偲ばれます。
              (川口市:川口市内観光ルートマップ概要面MAP面より)
         写真撮影:川口銀座商店街(振)/まちづくりパートナーシップ勉強会

法福寺(里1577)

■足立観音霊場番外札所、武蔵国八十八ケ所霊場
本堂
六地蔵
足立観音霊場番外札所

真光寺(里1306)

■曹洞宗の寺院でで「新編武蔵風土記稿」によると、法性寺五世の僧・苗運によって開山されたとあります。本尊は釈迦如来像で、現在の本堂は、鳩ケ谷宿の中心部に構えていた本陣を昭和初期に移築したものです。境内裏の道沿いには本陣と彫られた石柱があります。
                     (川口市:川口市内観光ルートマップより)
山門
本堂
十二支のお守り本尊「八体仏」
本堂と八体仏
本陣と彫られた石柱

道標/庚申塔(鳩ケ谷緑町1-9)

■道標 (庚申塔)
川口市指定  有形文化財  年代:江戸時代
天保7年(1836)に前田村(現在 南鳩ヶ谷4・5丁目)の人々が芝川沿いの土堤道に建立した庚申塔です。道標を兼ねており、「東西新井みち、西戸田みち、南川口みち、北前川みち」と刻まれています。かつては、土堤道が日光御成道と下青木村を結ぶ道と交差する四辻に立ち、それぞれの行き先を示していました。     (川口市立文化財センターHPより)

十二所神社(南鳩ヶ谷5-31-1)

■十二所神社の由来は、天神七代、地神五代の合わせて十二柱の神々を祀っていたこととされています。昔は境内に隣接する形で宝林寺があり、また明治時代の法令により八幡木の八幡神社と合祀された時代もありましたが、旧前田村の守護神として今も変わらず親しまれています。                 (川口市:川口市内観光ルートマップより)
鳥居
本殿

実正寺(南鳩ヶ谷3-15-14)

■寛文五年銘阿弥陀庚申塔
川口市指定  有形民俗文化財  年代:江戸時代
阿弥陀如来像と三猿が彫られた庚申塔です。銘文によると、寛文5年(1665)に中居村(現 南鳩ヶ谷1~3丁目、八幡木)の6名によって建立されました。市内では最も早い時期の庚申塔の一つで、江戸前期における当地の民間信仰に関する貴重な資料です。
※ この文化財は常時公開されていませんので、見学の際には、所有者、管理者の許可を受けて下さい。見学にあたっては、所有者・管理者、他の参拝者などの迷惑とならないようにお願いします。
■元弘三年銘阿弥陀一尊板碑
川口市指定  有形文化財  年代:南北朝時代
元弘3年(1333)銘の阿弥陀一尊の板碑で、上部に阿弥陀を示す梵字と蓮台、下部の年号の左右に光明真言の梵字と比丘尼妙鏡の名が刻まれています。当地に真言密教が流布していたことを示す資料です。
※ この文化財は常時公開されていませんので、見学の際には、所有者、管理者の許可を受けて下さい。見学にあたっては、所有者・管理者、他の参拝者などの迷惑とならないようにお願いします。                 (川口市立文化財センターHPより)
山門
境内
境内
境内
寛文五年銘阿弥陀庚申塔/説明
寛文五年銘阿弥陀庚申塔   ■川口市指定有形民俗文化財

上新田稲荷神社/三条小鍛冶宗近図絵馬(八幡木2-30-10)

■三条小鍛冶宗近図絵馬
指定等:川口市指定  種別:有形民俗文化財  年代:江戸時代
年代と奉納者は不明ですが、平安時代の刀工・三条小鍛冶宗近を描いた絵馬です。謡曲「小鍛冶」で有名な、一条天皇の命に受け、稲荷明神の協力によって名刀・小狐丸を製作している場面が描かれています。
※ この文化財は、一般公開は行っておりません。  (川口市立文化財センターHPより)

円明庵(八幡木2-8-10)

■良賢・英賢の墓
川口市指定  史跡  年代:江戸時代
江戸時代、八幡木の円明庵において庶民教育に尽力した良賢と英賢の墓碑です。良賢は中居村実正寺の住職でしたが、晩年に円明庵に移りました。英賢は入谷村円通寺の住職で、良賢の没後、それを継いで円明庵に移りました。台石には、師の遺徳をしのび、良賢の弟子25名、英賢の弟子31名の名前が刻まれています。
※ 見学にあたっては、マナーを守り、所有者・管理者、他の参拝者や見学者の迷惑とならないようにお願いします。            (川口市立文化財センターHPより)
本堂
垂井知等・良賢・英賢の墓/説明
垂井知等・良賢・英賢の墓         ■川口市指定 史跡

八幡木神社(八幡木1-25-2)

■八幡神社祭礼図絵馬
川口市指定  有形民俗文化財  年代:江戸時代
嘉永8年(1854)に中居村(現在南鳩ヶ谷1~3丁目、八幡木)の若者中が奉納した絵馬で、地区の八幡神社の祭礼が描かれています。現在失われてしまった山車や神楽が描かれ、当時の祭礼のようすを知ることができる貴重な資料です。横182.4cm、縦76cmの大絵馬です。
※ この文化財は、一般公開は行っておりません。         
■曳き馬図ガラス絵馬
川口市指定  有形民俗文化財  年代:江戸時代
慶応3年(1876)に江戸の女性が奉納した絵馬で、白馬と御者の姿がガラス板に描かれています。ガラスの裏面に描かれたため、色彩も鮮やかに残されており、背景に遠近法を用いるなど西洋画の手法も見られます。奉納者は当地から江戸に嫁いだ女性と推察されます。
※ この文化財は、一般公開は行っておりません。
■武者絵図絵馬
川口市指定  有形民俗文化財  年代:江戸時代
宝暦11年(1761)年に中居村(現在 南鳩ヶ谷1~3丁目、八幡木)の若者中が奉納した絵馬です。弓・太刀・幟を持つ3人の武者と左側で跪く武者という図柄は、何らかの軍記物語の一場面を描いたものです。横163cm、縦126cmの大絵馬です。
※ この文化財は、一般公開は行っておりません。  (川口市立文化財センターHPより)
鳥居
本殿
絵馬/説明

台阿弥陀堂(南鳩ヶ谷2-8-3)

■寛文四年銘地蔵庚申塔
川口市指定  有形民俗文化財  年代:江戸時代
地蔵菩薩像と三猿が彫られた庚申塔です。銘文によると、寛文4年(1664)に平柳領(川口市東南部)の村々の10名によって建立されました。市内では最も早い時期の庚申塔の一つで、江戸前期における当地の民間信仰に関する貴重な資料です。
※ この文化財は、一般公開は行っておりません。  (川口市立文化財センターHPより)
寛文四年銘地蔵庚申塔/説明

三ツ和氷川神社(三ツ和3-22-2)

■和算家の問答「算額」と日光社参の休憩時を描いた絵馬が奉納されています。どちらも市有形民俗文化財ですが、本堂は通常、閉められています。
■川中島合戦図絵馬
川口市指定  有形民俗文化財  年代:江戸時代
天保15年(1844)に小渕村(現在 三ツ和)の人々が奉納した絵馬で、武田信玄と上杉謙信が戦ったことで有名な川中島の合戦が描かれています。右手が武田軍の本陣、左側遠方に見えるのが上杉軍です。横142cm、縦114.5cmの大絵馬です。
※ この文化財は、一般公開は行っておりません。 
■享和四年銘算額
川口市指定  有形文化財  年代:江戸時代      
享和4年(1804)に小渕村(現在 三ツ和)の7名が奉納した算額です。和算(日本古来の数学)の問題と解答が記されています。問題は土木技術に応用される内容で、当時の村民の知識の高さとともに、そうした知識が新田開発等で生かされたことが推察できます。
※ この文化財は、一般公開は行っておりません。
■日光社参御小休所図絵馬
川口市指定  有形民俗文化財  年代:江戸時代
天保14年(1843)に12代将軍徳川家慶が日光社参を行った際、小渕村(現在 三ツ和)に仮屋を設けて休憩したことを記念し、村人たちがその様子を描いて村の鎮守社に奉納した絵馬です。色が剥落し、状態は良くありませんが、日光社参に関する資料として貴重です。横141cm、縦112cmの大絵馬です。
※ この文化財は、一般公開は行っておりません。  (川口市立文化財センターHPより)
鳥居
本殿
本殿
本殿
川中島合戦図        日光社参御小休所図絵馬/説明
享和四年銘算額/説明

三ツ和公園(南鳩ヶ谷1-8)

■公園内にはおよそ300本の樹木が繁茂し、約90本のサクラをトップに常緑樹や花木など種類も豊富です。サクラは主にソメイヨシノで、昭和44~45年に旧鳩ケ谷観光協会が近くの新芝川の堤防道路に植えられたものを、舗装工事の際、公園内に移植したものです。この中に1本だけ薄黄色の花を咲かせる「御衣黄」という珍しい種類のサクラがあり、由来は定かではありませんが貴重な存在として標札を立て保存しています。地域の人たちはこの木を中心に、全体のサクラを公園のシンボルとして大切に守っています。
                  (川口緑化センター樹里安「樹里安だより」より)
撮影日:2021.3.26
撮影日:2021.3.26
撮影日:2021.3.26
撮影日:2021.3.26
撮影日:2021.3.26
撮影日:2021.3.26

蔵前橋の橋石(南鳩ヶ谷1-14)

■蔵前橋の橋石
川口市指定  有形文化財  年代: 江戸時代
見沼代用水の主要分水路の一つ平柳用水から更に分かれて三ツ和・八幡木・弥平周辺の水田を潤した新田井堀に架けられていた橋石です。正徳2年(1712)の年号が刻まれています。傍に郷蔵があったため、蔵前橋と呼ばれました。橋を渡る道は、日光御成道と千住宿を結ぶ道で、西新井大師への参詣にも利用されました。   (川口市立文化財センターHPより)
蔵前橋の橋石/説明

源永寺(三ツ和2-19-8)

■源永寺は、古くは川口善光寺付近の荒川(旧入間川)の岸辺にあった寺でしたが、荒川の瀬替えのため、江戸時代初期に当地へ移されました。江戸時代は、氷川神社ならびに八幡神社の別当寺となりましたが、明治になり神仏分離によって神社はそれぞれ独立しました。
                         (川口市教育委員会資料より抜粋)
■建武五年銘阿弥陀一尊板碑および貞和四年銘阿弥陀一尊板碑
川口市指定  有形文化財  年代:南北朝時代
前者は、建武5年(1338)銘の阿弥陀一尊の板碑で、上部に阿弥陀を示す梵字と蓮台、下部の年号の左右に光明真言の梵字が刻まれています。当地に真言密教が流布していたことを示す資料です。後者は、貞和4年(1348)銘の阿弥陀一尊の板碑で、上部に阿弥陀を示す梵字と蓮台、下部の年号の左右に観無量寿経の経文が二行ずつ刻まれています。やはり真言密教系の板碑です。
※ 見学にあたっては、マナーを守り、所有者・管理者、他の参拝者や見学者の迷惑とならないようにお願いします。 
■暦応三年銘阿弥陀一尊板碑
川口市指定  有形文化財  年代:南北朝時代
暦応3年(1340)銘の阿弥陀一尊の板碑で、上部に阿弥陀を示す梵字と蓮台が刻まれています。三ツ和にあった念山寺跡から出土したと伝えられます。
※ この文化財は、一般公開は行っておりません。  (川口市立文化財センターHPより)
山門
山門
境内
本堂
建武五年銘阿弥陀一尊板碑/説明
建武五年銘阿弥陀一尊板碑  ■川口市指定有形文化財

とんぼ橋の橋石(坂下町3-1-16)

■とんぼ橋の橋石
川口市指定  有形文化財  年代:江戸時代
見沼代用水の主要分水路の一つ平柳用水に架けられていた橋石です。延宝5年(1677)の年号が橋名とともに刻まれています。見沼溜井よりも下流地域においては、見沼代用水完成以前から溜井の水を利用した水路が整備されていたことを示す点で貴重な資料です。橋を渡る道は、鳩ヶ谷宿と千住宿を結んだ千住道で、両宿を行きかう人達で賑わいました。
                        (川口市立文化財センターHPより)
とんぼ橋の橋石/説明

千手院(坂下町2-15-5)

■千手院は、ふるくは鳩ケ谷宿のほぼ中央(鳩ケ谷本町3-2-20)にあり、観音堂として信仰を集め、慶安3年(1650)に曹洞宗玉龍山法性寺末寺となり、昭和45年(1970)に現在の場所(坂下町2-15-5)に移転しました。
■銅製鰐口
川口市指定  有形文化財  年代:室町時代
この鰐口には、表に「富士浅間鰐口鳩ケ谷地弘治二年丙辰五月鈴木春済」とあり、裏に「江戸鋳物師宇田川信重」と刻まれています。弘治2年(1556)に鈴木春済が、鋳物師宇田川信重に作らせ、奉納したものであり、室町時代の工芸品として貴重な文化財です。
                         (川口市教育委員会資料より抜粋)
足立観音霊場二十八番札所
山門
山門
本堂
庚申塔
銅製鰐口説明        (川口市指定有形文化財)
鳩ケ谷浅間社/説明
鳩ケ谷浅間社

鳩ケ谷一里塚(吹上橋付近)

■一里塚は、見沼代用水東縁に架かる吹上橋のたもとにありました。春には用水沿いの桜並木が見事で、鳩ケ谷氷川神社参道に通じる宮道(江戸時代からの道)の案内板も設置されています。       (川口市:日光御成道観光ルートマップ市内図散歩ルートより)
宮道/説明

御成坂公園(鳩ケ谷本町1-1)

■御成坂公園には、大名行列が描かれた3枚のタイル絵と、からくり時計があります。作動時間になるとメロディが流れて、大名行列をイメージした人形たちによる演出が楽しめます。作動時間: 10時・正午・15時・17時・19時(月曜〜土曜)、10時〜20時の毎正時(日曜)                           (川口市:川口市内観光ルートマップより)

十一屋北西商店(鳩ケ谷本町1-2-8)

■十一屋北西商店店舗
国登録  有形文化財  年代:昭和時代
旧日光御成道鳩ヶ谷宿に位置する酒類販売商の店舗です。木造2階建て、切妻造桟瓦葺となっています。1階正面に成の高いケヤキ差物を渡し、2階は繊細な格子をたて、軒は上下階とも出桁造りとしています。内部ともケヤキの良材を多用しており、蔵とともに宿場の面影を今に伝えています。
※ 見学の際には、マナーを守り、文化財の所有者、近所の方、他の見学者の迷惑とならないようにお願いします。なお、外観のみの公開です、建物の内部の見学はできません。 
■十一屋北西商店蔵
国登録  有形文化財  年代:昭和時代
旧日光御成道鳩ヶ谷宿に位置する酒類販売商の蔵で、土蔵造2階建、切妻造桟瓦葺です。外壁をモルタル洗出し仕上げで石造風に目地を切り、鉢巻を廻らしています。店舗とともに宿場の面影を伝えています。
※ 見学の際には、マナーを守り、文化財の所有者、近所の方、他の見学者の迷惑とならないようにお願いします。なお、外観のみの公開です、建物の内部の見学はできません。
                        (川口市立文化財センターHPより)
十一屋北西商店
十一屋北西商店/店舗     ■国登録 有形文化財
十一屋北西商店/蔵      ■国登録 有形文化財

鳩ケ谷氷川神社(鳩ケ谷本町1-6-2)

■ヤマタノオロチを退治した須佐之男命(スサノオノミコト)を祀っている鳩ヶ谷の鎮守です。縁結び、厄除け、夫婦円満の神様として親しまれており、創立は応永元年(1394年)と伝えられています。境内には地下から御神水が湧き出ており、自由に汲むことができます。
                     (川口市:川口市内観光ルートマップより)
■須賀神社神輿
川口市指定  有形民俗文化財  年代:江戸時代
鳩ヶ谷宿の鎮守社である氷川神社の神輿です。別名「百貫みこし」と称され、夏の天王様の祭りで担がれました。嘉永5年(1852)頃に鳩ヶ谷宿の若者達が周囲の反対を押し切って奉納したとの伝承があります。意匠は江戸神輿の典型を示すとみられ、近世末期の民俗資料として貴重です。
※ この文化財は、一般公開は行っておりません。
■御宮地絵図面 鳩ヶ谷宿並絵図
川口市指定  有形文化財  年代:江戸時代
鳩ヶ谷宿に軒を連ねる屋敷の間口、奥行き、当主の名前を記した絵図です。氷川神社や千手院などの寺社も描かれています。後の見沼代用水を「渕江用水」と記しており、見沼代用水が完成する享保13年(1728)以前に作成されたと推察されます。江戸前期における鳩ヶ谷宿のようすを知ることができる貴重な資料です。
※ この文化財は、一般公開は行っておりません。  (川口市立文化財センターHPより)
鳥居
鳥居
神門
本殿
御神水
御神水
境内
境内
須賀神社神輿/説明
須賀神社神輿        ■川口市指定 有形民俗文化財
平和を永遠に「笑う少女」
浅間社・三峯社
弁財天
稲荷社
古峯社
熊野社・天満宮・八幡社
力石
夫婦楠

文化財センター分館 郷土資料館(鳩ケ谷本町2-1-22)

■川口市は、埼玉県の南東部に位置しており、市の地形は、北部は関東ローム層からなる大宮台地鳩ヶ谷支台の南端部が張り出し、見沼代用水路を境にして、南に低地が広がっています。約2万年前に始まる当市の歴史は、以来、各時代に生きた人々の知恵と努力によって築かれてきました。 郷土資料館では、郷土の歴史と文化を分かりやすく紹介しています。
                 (川口市立文化財センター分館 郷土資料館HPより)
1階)入口
ダイヤル式公衆電話の        体験コーナー
ミシン(足踏み式)
2F常設展示室)農器具/展示
2F常設展示室)農器具/展示
2F常設展示室)八幡木ばやし神楽面・衣装・楽器/展示
2F常設展示室)八幡木ばやし神楽面/展示
2F常設展示室)商家のなりわい
2F常設展示室)商家のなりわい
2F常設展示室)商家のなりわい
2F常設展示室)商家のなりわい /酉の市 くま手
2F常設展示室)商家のなりわい
2F常設展示室)和竿の展示
2F常設展示室)和竿の展示
2F常設展示室)和竿の展示
2F常設展示室)和竿の展示    /節抜きの道具
2F常設展示室)       川口鋳物の体験コーナー
2F常設展示室)       川口パズルの体験コーナー
2F常設展示室)       川口鋳物の体験コーナー
2F常設展示室)川口市勢要覧(昭和26年版)/展示
2F常設展示室)織物業の展示
2F常設展示室)織物業の展示
2F常設展示室)織物業の展示
2F常設展示室)       川口宿に関わる展示
2F常設展示室)       鳩ヶ谷宿に関わる展示
2F常設展示室)       鎌倉街道中道に関わる展示
3F小谷三志/常設展示室)
3F小谷三志/常設展示室)
3F小谷三志/常設展示室)
3F大熊氏広/常設展示室)
3F大熊氏広/常設展示室)
3F大熊氏広/常設展示室)
3F大熊氏広/常設展示室)
3F大熊氏広/常設展示室)
3F大熊氏広/常設展示室)
高札場跡
高札場跡

市神社(鳩ケ谷本町2-2)

■市神社
川口市指定  有形民俗文化財  年代:江戸時代
かつて鳩ヶ谷宿で開かれていた三八市の守護神で、現在の社殿は天保9年(1838)ごろに建造されたと推定されます。三八市は、毎月三と八がつく日に開かれた六斎市で、昭和中期まで続きましたが、残念ながら現在は途絶えてしまいました。かつての鳩ヶ谷が商業の中心地であったことを示す貴重な文化財です。       (川口市立文化財センターHPより)
市神社/説明
三八市 市場杭跡
三八市 市場杭跡

旧浦寺村の弁天池跡(桜町6-11-15)

■旧浦寺村の弁天池跡
川口市指定  史跡  年代:江戸・明治
大宮台地鳩ヶ谷支台東側の谷戸の奥から湧き出す湧水を溜めた池の跡です。周囲の水田は台地に阻まれ見沼代用水を利用できなかったため、湧水の水を用いて、種子籾を水田に直接に撒く、直播きと呼ばれる方法で耕作されました。池跡には村人達が豊作を祈って建立した弁天社や石碑が祀られています。かつての農業慣行をしのばせる貴重な史跡です。
※ 私有地内にありますので、見学の際には、マナーを守り、敷地の外からお願いします。
                        (川口市立文化財センターHPより)
旧浦寺村弁天池跡/説明

法性寺(桜町1-11-51)

■もとは太田道灌の創立した天台宗寺院。震龍禅師が鳩ケ谷の人々の苦しみを救うために明応7年(1498)に創建したと言われる。本尊は釈迦牟尼仏。山門は足利時代末期の作。庭園は湧水に富む静寂な名園。境内全てが埼玉県「ふるさとの森」に指定されている。
                    (川口市:日光御成道観光ルートマップより)
山門
本堂
鐘楼

小谷三志居宅跡(桜町1-1-12)

■小谷三志の旧宅跡
埼玉県指定  旧跡  年代: 江戸時代
江戸時代後期に隆盛した民衆宗教である富士講を深め、不二道を新たに立ち上げた小谷三志の居宅跡です。三志の実家は鳩ヶ谷宿上宿で麹屋を営んでいましたが、三志は表から少し奥に引っ込んだ隠居所に住まい、不二道の活動に専念しました。残念ながら建物は現存しません。                      (川口市立文化財センターHPより)
小谷三志居宅跡/説明

慈眼寺※地蔵院(桜町5-5-39)

■真言宗智山派の寺院。中興開山は尊蓮とされ、県指定文化財の木造不動明王立像をはじめ、十一面観音菩薩などがあります。地元の偉人である江戸後期の社会教育家・小谷三志の墓があり、また裏庭にある樹齢約600年の巨大なタブノキは、市の天然記念物に指定されています。                 (川口市:川口市内観光ルートマップより)
■タブノ木
川口市指定   天然記念物
クスノキ科の常緑高木で、高さは約20m、根回りの太さは約5mあり、樹齢は少なくとも600年以上と推定されています。タブノキは本州中部以南の暖地の海岸近くに自生するのが一般的で、関東の内陸部でこれだけ成長する例は珍しく、貴重な天然記念物です。
※ 見学にあたっては、マナーを守り、所有者・管理者、他の参拝者や見学者の迷惑とならないようにお願いします。
■小谷三志の墓
川口市指定  史跡  年代: 江戸時代
江戸時代後期に隆盛した民衆宗教である富士講を深め、不二道を新たに立ち上げた小谷三志の墓です。小谷家の菩提寺である地蔵院にあり、三志の遺言によって墓石には自然石が用いられています。質素倹約を重んじた不二道の思想を反映した質素な墓です。
※ 見学にあたっては、マナーを守り、所有者・管理者、他の参拝者や見学者の迷惑とならないようにお願いします。
■道標 新四国八十八箇所札所五十九番標識
川口市指定  有形文化財  年代: 江戸時代
文政5年(1822)に日光御成道から越ヶ谷道が分岐する場所に建立された道標です。「これより右こしがや道二里」と刻まれています。また、隣接する地蔵院が、四国八十八箇所を川口市周辺の寺院に見立てて巡拝する新四国八十八箇所巡りの五十九番札所であったことから、札所の標識も兼ねています。
※ 見学にあたっては、マナーを守り、所有者・管理者、他の参拝者や見学者の迷惑とならないようにお願いします。                           
■木造不動明王立像
埼玉県指定  有形文化財  年代:鎌倉時代                            
鎌倉時代中頃、慶派仏師によって制作された不動明王像です。寄木造り、玉眼、古色仕上げで、高さは53㎝あります。身体を斜めに構え、右腕に宝剣を振り上げている姿は躍動感にあふれています。
※ この文化財は、一般公開は行っておりません。  (川口市立文化財センターHPより)
道標(川口市指定有形文化財  歴史資料)
山門
境内
本堂
小谷三志の墓/説明
小谷三志の墓        ■川口市指定 史跡
タブノキ/説明
タブノキ          ■川口市指定天然記念物
境内

東公団通りの武南桜(桜町)

■赤山街道の約2キロメートルにわたってソメイヨシノの桜並木があり「武南桜」と呼ばれ親しまれていました。(川口緑化センター樹里安:樹里安だよりより)
武南桜(撮影日:2021.3.26)
武南桜(撮影日:2021.3.26)
武南桜(撮影日:2021.3.26)
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