本文へ移動

戸塚・東川口駅周辺o散歩

戸塚地区の寺を巡り清流ルネッサンスの川辺へ

土地区画整理により、基盤目状の美しい街並みをつくる戸塚エリアを歩きます。新しい住民が増え、学校や公共施設もリニューアル。大きく変貌する地域です。西光院や東福寺などの古刹、昆虫のモニュメントやジャブジャブ池で子どもたちに人気の戸塚中台公園を経て、伝宇川、綾瀬川を巡ります。綾瀬川は、さいたま市・越谷市との市境で、古くは武蔵国内の足立郡と埼玉郡の境界でした。一時は汚染度ワースト1河川といわれましたが、住民のクリーン活動が成果をあげつつあります。
        (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
        (川口市:川口市内観光ルートマップ概要面MAP面より)
         写真撮影:川口銀座商店街(振)/まちづくりパートナーシップ勉強会

諏訪神社(1-10-5)

■一本木町会会館の奥にある神社。かつては延寿院というお寺と一体になっており、将軍社参の際の御休所に指定されていた。隣の大門宿まで間もないのに休憩に使われたのは、台地の縁にあり、当時はよほど景色が良かったからだろう。   
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
■日光東照宮参拝図絵馬
指定等:市指定  種別:有形民俗文化財  員数:2面  年代:明治時代
この絵馬は、日光御成道沿いに所在する諏訪神社に、地域の信仰者たちが日光東照宮を参拝したことを記念し、男女別に一対として製作し奉納したものです。女性による信仰が盛んであったことなど地域民衆の信仰生活を知るうえで貴重な文化財です。
※ この文化財は、一般公開は行っておりません。  (川口市立文化財センターHPより)
鳥居
本殿
境内

JR・SR 東川口駅

■JR武蔵野線と埼玉高速鉄道線の乗換駅。学校、図書館、ショップなど周辺の住環境が整うにつれ、若い世代のファミリーが流入し、1日の利用者数も増加しています。近くに高校や大学があり、学生の姿も多い駅です。駅前広場にはオブジェやモニュメントがあり、ちゅっとした青空美術館。北口には地下鉄建設用掘削機のモニュメントあります。      
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
駅北口ロータリー
地下鉄建設用掘削機     モニュメント
資料提供:川口市産業振興課
資料提供:川口市産業振興課

雷電橋(東川口2丁目付近)

■戸塚佐藤第2公園の北側、伝右川に架かる橋。昔この地域では雷の被害が多かったので、群馬県の雷神神社のお札を祀り雷電神社が建てられました。残念ながら神社はなくなりましたが、端にその名が残っています。
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)

佐藤稲荷神社(東川口6-10)

■佐藤橋の北側にあり、地区の氏神様です。東川口5,6,丁目付近はかつて戸塚村枝郷佐藤新田と呼ばれ、「佐藤町会」にその名を留めています。境内の石碑によると、神社は古くは綾瀬川のほとりにありましたが、明治29年(1896)に現在の地に移し、祠が新築されました。佐藤橋付近の土手下の湿地には、水辺の植物マコモ、ヤナギタデなどの群落や珍しいサデクサ(タデ科)も見られ、趣の良い草地の岸辺になっています。
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
鳥居
本殿

綾瀬川

■綾瀬川は川口市の東端を南北に流れる一級河川です。江戸時代以前は、現在の綾瀬川の川筋を荒川の支流が流れていました。「荒」の名の通りの暴れ川で、その支流も一雨ごとに流れが変わるので「あやしの川」と呼ばれ、それが綾瀬川の名前の由来になったと言われます。1600年代に荒川が現在の入間川の川筋に分流され、また川の流れを移す瀬替えなどが繰り返し行われた結果、綾瀬川は農業の用排水路として、また江戸と武蔵国を結ぶ運河として大きな役割を果たすようになります。近年は都市化のため、全国一級河川水質ワースト1とされましたが、住民や市区町長、東京都、埼玉県、国土交通省が「綾瀬川清流ルネッサンス21」計画を実施、現在は魚が棲むきれいな川によみがえりました。綾瀬川の自然を愛する気持ちから生まれた、一つのお話があります。佐藤橋にたもとに、100年以上を生きて来たムクロジの大木がありました。ムクロジは種子が羽子板の羽のおもりとして利用されますが、木はあまり見かけることがなく、地域で大事にされてきました。しかし、川の拡幅工事のためにそのムクロジが切られることになったのです。伐採の当日、毎年実を拾いに来ていた案業の植木屋さんがたまたま通りかかり、切り株だけでも何とかしたいと工事をしていた県と話し合い、植木屋さんの自宅に移植してもらえることになりました。やがて切り株からひこばえ(根株から出る芽)が出てきました。植木屋さんはそれまでの過程を友人が作った紙芝居「ムクロジ物語」とともに、ホームページに掲載しました。その後ムクロジは、植木屋さんの畑を離れて戸塚綾瀬小学校の正門脇に植えられますが、物語に反響は大きく、植木屋さんはあちこちの学校に呼ばれ、ムクロジのことを語っているそうです。     
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
資料提供:川口市産業振興課
資料提供:川口市産業振興課
佐藤橋付近
佐藤橋

伝右川(戸塚東)

■綾瀬川に沿ってその西側を流れる用排水路が伝右川。江戸時代初期寛永5年(1628)、新田開発のための用排水路として、鈎上新田(現さいたま市岩槻区釣上)の船津伝右衛門が沼地跡や低地を利用して開削したもので、伝右衛門堀ともばれました。        
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
撮影日:2021.3.26
撮影日:2021.3.26

戸塚南公園(戸塚鋏29)

■戸塚緑道沿いにある公園で、満開の桜は見事です。遊戯広場、多目的広場もあり地域の方々の憩いの場所として親しまれています。       (川口市:広報かわぐちより)
撮影日:2021.3.26
撮影日:2021.3.26
撮影日:2021.3.26
撮影日:2021.3.26
撮影日:2021.3.26
撮影日:2021.3.26

本行寺(戸塚4-1-3)

■別名「紅葉寺」とも呼ばれ、たくさんのモミジの木がありました。太平洋戦争前には天然記念物の「大山もみじ」が有名でしたが、戦火で焼失し現在あるのは3代目。芭蕉の句碑が立つ風情ある寺院です。創建は室町時代といわれ、日蓮宗の寺院で池上本願寺の末寺。
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
山門(撮影日:2020.12.12)
境内(撮影日:2020.12.12)
境内(撮影日:2020.12.12)
本堂(撮影日:2020.12.12)
境内(撮影日:2020.12.12)
境内(撮影日:2020.12.12)

西光院(戸塚3-13-6)

■入口に「狐狸妖怪不許入山門」とあり、カッパ、タヌキ、キツネのユニークな像を見ながら山門をくぐります。境内には薬師如来を祀る薬師堂「瑠璃堂」のほか、七福神、閻魔坐像(えんまざぞう)、魚籃(ぎょらん)観音、一葉(いちよう)観音、涅槃釈迦像など、銅像、石像が多く、六角堂弁財天堂は武州川口七福神の一つとして、正月には参拝者でとてもにぎわいます。真言宗青龍山伝福寺といい、明治の頃には戸塚小学校として使われた戸塚を代表する古寺。高台に建ち、東川口一帯が見晴らせます。本尊の不動明王は、12年ごとの酉年に開帳されます。(川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
■寛永二十年銘山王二十一仏庚申塔
指定等:市指定  有形民俗文化財  員数:1基  年代:江戸時代
本塔は、市内では近世最古の庚申塔であり、板碑から近世石造物への変化過程をうかがうことができ貴重です。また県南の草加から川口にかけて分布している山王二十一仏という地域的信仰の特色を示す遺産でもあります。なお、同様に綾瀬川周辺の草加市稲荷4丁目の慈尊院境内にも、草加市指定文化財である寛永十三年銘山王二十一仏庚申塔が所在していることから、地域における信仰文化普及の様相を知るうえでも貴重な石造物です。
※ 見学にあたっては、マナーを守り、所有者・管理者、他の参拝者や見学者の迷惑とならないようにお願いします。
■明和三年銘半鐘
指定等:市指定  有形文化財 工芸品  員数:1口  年代:江戸時代
青銅製銅鐘は江戸時代初期以来の川口鋳物業の代表的鋳物製品でした。この半鐘は、数少ない銅鐘の遺例の一つであり、市内に現存する中では2番目に古いものであり、半鐘としては現在のところ最古です。この半鐘は、明和3年(1766)に、即善という僧侶と旧上戸塚村の薬師講中が、かつて南方にあった薬師堂に奉納したものです。薬師堂は現在西光院境内に移転しており、半鐘は行事開始の合図などに使用されています。川口鋳物業史の一面を語るうえで、また旧上戸塚村の地域信仰を語るうえでも貴重です。
※見学にあたっては、マナーを守り、文化財の所有者、近所の方の迷惑とならないようにお願いいたします。                (川口市立文化財センターHPより)
■武州川口七福神 弁財天尊
狐・狸・妖怪 不許入山門
狐・狸・妖怪
境内
瑠璃堂
本堂
境内
境内
寛永二十年銘山王二十一仏  庚申塔/説明
寛永二十年銘山王二十一仏  庚申塔            (川口市指定有形民俗文化財)

七郷神社(戸塚3-13-6)

■西光院と道路をはさみ反対側にあります。上戸塚の氏神様氷川神社として建立されたそうですが、明治40年(1907年)に戸塚村内の鎮守、稲荷社・諏訪社・厳島社など七社を合祀したことから戸塚七郷神社と改称。祭神は素盞鳴尊(すさのおのみこと)。神社の裏手から縄文期の遺跡が出土しています。
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
鳥居
本殿
境内
本殿(撮影日:2021.3.26)
境内(撮影日:2021.3.26)
鳥居(撮影日:2021.3.26)

戸塚中台公園(戸塚3-16)

■高台にある公園。芝生の広場と、昔からの自然林が随所に残り、緑の保全に重点が置かれています。「昆虫の広場」には昆虫をかたどった木製遊具や、鋳物製のカブトムシなどが置かれています。              (川口市:川口市内観光ルートマップより)
カブト虫の時計台
撮影日:2020.12.12
撮影日:2020.12.12
撮影日:2020.12.12
撮影日:2020.12.12
撮影日:2020.12.12
撮影日:2020.12.12
撮影日:
撮影日:2021.3.26
撮影日:2021.3.26

戸塚一里塚ポケットパーク(戸塚4-20)

■かつて一里塚が設けられていた交差点の角が整備され、「一里塚ポケットパーク」として整備されている。日光御成道6番目の一里塚。片隅にはひっそりと馬頭観音が祀られている。         (川口市:日光御成道観光ルートマップ市内図散歩ルートより)

戸塚下台公園(戸塚4594)

■自然林を生かした上下2段構えの公園です。上の広場には小さな子ども用の遊具。下の広場には健康遊具が充実しています。広場の間は木の階段や遊歩道で移動することが出来るので、お散歩にもおすすめです。       (川口市:川口市内観光ルートマップより)
撮影日:2020.12.12
撮影日:2020.12.12
撮影日:2020.12.12

妙延寺(石神967-2)

■通称「お女郎仏」。その昔、若く気品のある女性が行き倒れ、それを弔うために建立したという言い伝えがあり、地域の人々の信仰を集めてきました。寺の資料には伊奈氏の実施した「検地帳」などがあります。サクラも見事です。                   
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)

二宮神社(西立野字宮合)

■二宮神社は、径150m程の縄文時代後期から晩期中葉にかけての遺跡内にあり、今までの調査により、溝や祭祀跡、方形平地式住居などの遺構のほか、石鍬や祭祀用の精製土器が数多く出土しています。また同遺跡内には埼玉県選定重要遺跡の「宮合貝塚」も存在します。
                        (川口市立文化財センタ=HPより)
鳥居
本殿
境内

東福寺(戸塚4152)

■仏像の多いお寺で、地蔵堂の地蔵と閻魔大王のほか、生花観音菩薩、ぼけ封じ地蔵、厄除観音など数えきれないほどです。川口市指定保存樹木のハクモクレンは有名で、こぶ状の太い枝が迫力満点。開花は3月です。真言宗豊山派の寺院で蓮王山観照院といい、本尊は金剛界大日如来を祀ります。山門向かいには神明神社があります。
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
山門
閻魔堂
本堂
境内
観音堂
TOPへ戻る