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赤山・新井宿周辺のスポット

~身も心も江戸時代 花の安行歴史旅~

歩き出せば、そこは江戸 花をめで、歴史をしのぶ
埼玉高速鉄道(SR)の開通で宅地化が進む赤山•安行地区ですが、ひとたび足を踏み入れると、季節ことに色づく草花や、歴史遺産に出合えます。スタートはSR戸塚安行駅。県道から細い上り坂に入り、しばらく歩くと西福寺に。三重塔は木造建造物では県内一の高さを誇ります。竹林をくぐり外環道を抜けると赤山城跡にたどりつきます。関東群代として民衆の篤い信頼を得た伊奈氏が160年以上住んでいた地で、歴史に思いをはせてみる。遠い昔の話だけれど、花の移ろいは今も同じ。脈打つような時の流れにうっとりできるコースです。
                         (川口市内観光ルートマップより)
         写真撮影:川口銀座商店街(振)/まちづくりパートナーシップ勉強会

真乗院(大字石神1253)

■徳川吉宗の日光社参の休憩所になったというお寺。樹齢800年といわれるコウヤマキ(高野槙)は幹回り4,5メートル、樹高18メートルの荘厳な巨木で市の天然記念物に指定されています。ほかにカヤ1本、スダジイ2本の大木もあります。  
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
■コウヤマキ
指定等:市指定  種別:天然記念物  員数:1本
本堂前庭に生育する往時の植栽樹です。日本西南部の太平洋側に自生しているスギ科の植物で、日本特産の常緑樹です。樹高18m、目通り4.5m、枝張り5.5mを測ります。真乗院は日光御成道の鳩ヶ谷宿と大門宿との間にあり、日光社参の折には徳川将軍の御休所とされました。街道の変化を静かに見守ってきた大木です。
■道標 (地蔵菩薩)
指定等:市指定  種別:有形文化財 歴史資料  員数:1基  年代:江戸時代
本塔は、石神町の地蔵信仰者6人によって元文2年(1737)に造立された、道標を兼ねた地蔵菩薩塔です。江戸時代の川口市域において重要な幹線道路であった日光御成道と赤山街道千住道の数少ない道標の一つであり、地域の歴史を知るうえで重要な文化財です。
                        (川口市立文化財センターHPより)
山門
本堂
本堂
道標(川口市指定有形文化財  歴史資料)
コウヤマキ         (川口市指定天然記念物)
コウヤマキ        (川口市指定天然記念物)

西福寺(西立野420)

■境内右手、朱色の三重塔がひときわ目を引きます。春は満開のサクラが調和し、実にきれいです。信仰が厚かった徳川三代将軍家光の息女千代姫により建立されました。釘をまったく使わずに組み上げ、第1層の天井から真上に柱を建て、そこから2層、3層の屋根に梁を渡してバランスをとるという、強風や地震に耐える構造で、木造の塔としては埼玉県1の高さ。大日・阿弥陀・釈迦の如来三像を安置する埼玉県有形文化財です。境内奥の観音堂本尊の如意輪観音胎内には、西国三十三カ所、秩父三十四カ所、坂東三十三カ所の百体の観音像が納められて、西立野の百観音として知られます。真言宗豊山派の寺院。
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
■三重塔
指定等:県指定  種別:有形文化財 建造物  年代:江戸時代
この三重塔は、盛土を基壇とし、自然石を礎石とした高床式の三層塔婆です。寺伝によると、三代将軍家光の長女千代姫が元禄6年(1693)に願主となって建立され、塔内には釈迦三尊と千代姫の位牌が安置され、相輪の宝珠には、正観音、毘沙門天、仏舎利が安置されています。総高は22.96mを測り、県内に現存する最も高い木造建築です。様式は、和様を基調とし桟唐戸や勾欄・親柱等を唐様としています。
※ 見学の際にはマナーを守り文化財の所有者、近所の方、他の見学者や参拝者の迷惑とならないようにお願いします。なお、外観のみの公開です、建物の内部の見学はできません。
                        (川口市立文化財センターHPより)
参道
仁王像
百観音堂
三重塔
三重塔
三重塔

赤山城址(赤山766)

■外環道をくぐると目の前が赤山陣屋址。関東群代伊奈氏が江戸幕府の直轄地を治めるためにつくった役所の一つで、伊奈家第三代半十郎忠治の時に小室(現伊奈町)から赤山に移し、関八州を治めていました。城を思わせる赤山陣屋は、総面積が約8ヘクタール。北側と西側は二重の堀で囲まれ58の家臣の屋敷と、広大な神域を持つ天神・八幡・山王の山王三社、伊奈家菩提寺の源長寺などが集まり城下町のようでした。近くのバス停名、曲輪・門下町などに名残があります。現在は赤山城址の碑が建ち、空堀が復元されており、美しい竹林や生垣の続く遊歩道が整備されています。
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
南堀
南堀
南堀
南堀
南堀
南堀
南堀
南堀
南堀
南堀
東堀
東堀
西堀
竹林
竹林
竹林
竹林
本丸
本丸

赤山山王日枝神社(赤山218)

■山王権現社ともいい、かつては徳川家と縁の深い山王社、学問の神の天神社、武家の守護神八幡社で構成され、それぞれに立派な鳥居があったそうです。山王神社の傍らには、伊奈家五代半左衛門忠順(ただのぶ)が、父母への恩返しと伊奈家の繁栄を込めて建てた八幡宮石祠があり、本殿と共に川口市有形文化財に指定されています。 
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
■八幡宮石祠 (伊奈忠順の碑文)
指定等:市指定  種別:有形文化財 歴史資料  員数:1基  年代:江戸時代
この八幡宮石祠(伊奈忠順の碑文)は、宝永4年(1707)11月に、関東代官伊奈半左衛門忠順が父母の報恩と伊奈家の繁栄を願い、八幡社の宮域を整備し、山王社の傍らに建碑したものです。赤山城跡内に残る数少ない遺品として貴重な文化財です。
■赤山山王権現社本殿 付覆屋・狛犬
指定等:市指定  種別:有形文化財 建造物  員数:1棟  年代:江戸時代
赤山陣屋の一角に祀られ、赤山陣屋敷絵図面にも記されています。創建年代については明らかではありません。「新編武蔵風土記稿」によると、江戸時代には村の鎮守と記されていました。同社内に八幡社、天神社も存在しています。当社殿は、江戸時代の覆屋に納められ、全体的に保存状態は良好です。形式は、本格的な一間社流造りで、形式から禅宗様の特徴がうかがわれ、江戸時代初期の当地方における神社建築様式を知るうえで貴重です。
※ 見学の際にはマナーを守り文化財の所有者、近所の方、他の見学者や参拝者の迷惑とならないようにお願いします。なお、外観のみの公開です、建物の内部の見学はできません。
                        (川口市立文化財センターHPより)
参道・鳥居
鳥居
本殿
境内
八幡宮石祠 伊奈忠順の碑文 (川口市指定有形文化財    歴史資料)
境内
境内
本殿

赤山歴史自然公園(大字赤山501)

伊奈半十郎忠治公の像
伊奈半十郎忠治公の像

江川運動広場(赤山1143)

赤山街道(県道越谷鳩ケ谷線)と首都高速川口線が交差する西側に設置されている運動広場で調整池としての活用が主目的です。普段は多目的に利用するため、テニスコート、ゲートボールコート、少年サッカー場、ソフトボール場が整備されています。さらに地域のために活用しようと、地元で「武南桜を復活させる会」を結成し運動広場の周囲800mにソメイヨシノ等、桜80本を植栽し大事に育てています。
                  (川口緑化センター樹里安「樹里安だより」より)
武南桜
武南桜
武南桜

源長寺(赤山1285)

■源長寺は江戸時代に権勢を誇った関東群代・伊奈家の菩提寺です。元は廃寺でしたが、赤山に陣屋を構えた三代目伊奈忠治が弟の日誉源貞上人に依頼し、再興されました。関東群代の説明は赤山城跡にありますが、伊奈氏は、江戸へ流れていた利根川を東に付け替え、荒川と入間川を合流させるなど、関東平野一帯を水田地帯に変える優れた治水・土木工事を成し遂げた一族で、源長寺境内の「伊奈家頌徳碑」が、その功績を今に伝えています。そのほか境内には、法然上人銅像、頭を北向き、顔を西向きにした涅槃(ねはん)釈迦像、板碑などのほか、本堂には川口市指定有形文化財の阿弥陀如来坐像を祀っています。「花の寺」と呼ばれるように梅林や丁寧に刈り込まれたツツジの生垣も見事です。
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
■伊奈家頌徳碑
指定等:市指定  種別:有形文化財 歴史資料  年代: 江戸時代
関東代官伊奈半十郎忠常が、寛文13年(1673)、弘文学院林之道甫(鵞峯)の文により、祖先の功績を讃えるために、菩提寺である源長寺に建立したものです。高さ190cm、幅100cm、厚さ21cm、碑台は正面中央に亀趺が陽刻されており、高さ61cm、幅130cm、奥行き72cmを測り、石材は根府川石です。
※ 見学にあたっては、マナーを守り、所有者・管理者、他の参拝者や見学者の迷惑とならないようにお願いします。
■阿弥陀如来坐像
指定等:市指定  種別:有形文化財 彫刻  年代:江戸時代
関東代官伊奈半十郎忠常が、寛文13年(1673)、弘文学院林之道甫(鵞峯)の文により、祖先の功績を讃えるために、菩提寺である源長寺に建立したものです。高さ190cm、幅100cm、厚さ21cm、碑台は正面中央に亀趺が陽刻されており、高さ61cm、幅130cm、奥行き72cmを測り、石材は根府川石です。
※ この文化財は常時公開されていませんので、見学の際には、所有者、管理者の許可を受けて下さい。
見学にあたっては所有者・管理者、他の参拝者などの迷惑とならないようにお願いします。    
                        (川口市立文化財センターHPより)
山門
本堂
境内
伊奈家歴代の墓所
伊奈家歴代の墓所
伊奈家頌徳碑        (川口市指定有形文化財      歴史資料)

子日神社(新井宿155)

■旧新井宿村の南端、村境に建てられた鎮守様。「子の権現様」とも呼ばれます。日光御成街道に面していたことから、街道を旅する者の無事を見守り、疫病などが村に入らないように、外界から村を守る役目を担っていました。子日神社に残る絵馬には貴重なものがあり、幾何学の問題とその答えを書いた、文化13年(1816年)奉納の「算額」という絵馬はその一つ。川口には関流和算の流れがあるそうで、貴重な資料です。また、鉄製の草履も珍しい絵馬です。飛脚や車夫、運送業者が仕事の無事を祈り、また、娘の嫁ぎ先での足腰の健康を願ったものもあります。今も健脚を願う奉納のわらじが絶えることがありません。また小さな社ながら、岩を台座ににらみを利かせた2頭の狛犬は迫力満点。神社の反対側は、西新井宿の鎮守様、新井宿氷川神社です。
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
鳥居
本殿
境内

多宝院(大字西新井宿157)

■道標 庚申塔
指定等:市指定  種別:有形文化財 歴史資料  員数:1基  年代:江戸時代
本塔は、文政3年(1820)11月に旧東新井宿村の庚申講中21人が造立しました、江戸時代後期に多く見られる文字の庚申塔で、道標を兼ねています。江戸時代の川口市域の重要な幹線道路であった日光御成道と赤山街道千住道に関わる数少ない道標として貴重な文化財です。
※ 見学にあたっては、マナーを守り、所有者・管理者、他の参拝者や見学者の迷惑とならないようにお願いします。            (川口市立文化財センターHPより)
参道
本堂
道標(川口市指定有形文化財 歴史資料)

西新井宿氷川神社(西新井宿352)

■鳩ケ谷神社が兼務する寺神社で、普段はイチョウなどの大木に囲まれた静かな雰囲気の神社です。大祭は、鳩ケ谷氷川神社の神職の手によって10月に行われます。
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
鳥居
鳥居
本殿
境内
境内
境内

宝蔵寺(西新井宿355)

■西新井宿氷川神社と背中合わせにあります。この寺の「廿一仏庚申待供養板碑(にじゅういちぶつこうしんまちくよういたび)」は永正15年(1518年)のもので、日本最古の廿一仏板碑といわれます。境内には、樹齢100年を超すといわれるサクラの古木が敷地一杯に枝葉を張り、手厚い保護で支えられています。真言宗のお寺で本尊は大日如来。
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
■永正十五年銘二十一仏庚申待供養板碑)
指定等:市指定  種別:有形文化財 歴史資料  員数:1基  年代:室町時代
永正15年(1518)製作の二十一仏・菩薩を本尊とした庚申待供養板碑です。これは、比叡山の守護神である日枝山王二十一社の本地仏への二十一仏信仰とその神使が猿であることから、庚申の申と結びつき、習合した庚申待板碑で、その分布地域の西端にあたることから、川口の地域性を示す貴重な資料です。
※ この文化財は、一般公開は行っておりません。  (川口市立文化財センターHPより)
山門
本堂
境内

見沼代用水東縁(ふれあい歩道)緑のヘルシーロード

昼の母子像(作:岩田健)
昼の母子像と桜

妙蔵寺(安行領根岸1809)

■見沼代用水沿いの川口市野鳥の森に建ちます。山門の左右には阿形、吽形の金剛力士像。中国の仏師の作といわれており、通路天井には十六羅漢の彩色浮彫像も安置されています。山門手前のカヤの古木や川口市保存樹木のイチョウの古木、花の庭や山水風の庭なども手入れの行き届いたお寺です。宗派は日蓮宗。
          (川口市:我がまち川口・再発見~天気の良い日は川口散歩~より)
山門
山門
山門
境内
本堂
鐘楼
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